中学受験をすると決めたとき、
最初に悩んだのは「習い事をどうするか」でした。
わが家の息子はそれまで、
・バイオリン
・プール
・進学塾ではない塾(国語・算数・英語)
に通っていました。
決して詰め込みすぎではなかったと思います。
けれど、息子にとっては精一杯の毎日でした。
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早稲田アカデミーに入るという決断
本格的に受験勉強を始めるため、
わが家は**早稲田アカデミー**への入塾を決めました。
説明会で配られたテキストの厚み。
示された宿題量。
「これは、今までと同じ生活では回らない」
そう感じたのが正直なところです。
入塾前のタイミングで、
私たちはすべての習い事をやめました。
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両立できる子ではなかった
息子は、いわゆる“器用なタイプ”ではありません。
理解するまでに時間がかかる。
気持ちの切り替えがゆっくり。
疲れると集中力が落ちる。
宿題を終えるだけで、すでに全力。
両立できる子もいると思います。
習い事を続けながら結果を出す子もいるでしょう。
でも、わが子は違う。
それを一番わかっているのは、
毎日そばで見ている親でした。
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比べてしまう気持ち
SNSを開けば、
「最後までピアノを続けました」
「水泳は受験直前まで」
そんな言葉が目に入ります。
やめさせるのは、親の覚悟が足りないからではないか。
可能性を狭めてしまうのではないか。
心が揺れないと言えば、嘘になります。
けれど、他の家庭の選択は、その家庭のもの。
同じ形が、すべての子に合うとは限りません。
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小さな分数バイオリン
今も部屋の片隅に、
小さな分数バイオリンがあります。
体にぴったりだった頃のサイズ。
ぎこちない音。
発表会前の、少し強張った横顔。
プールのゴーグルと水着も、
まだ処分できずに残っています。
それを見るたび、胸が少し痛みます。
あの時間は、確かに息子の成長でした。
親の判断で止めたことに、
まったく迷いがないわけではありません。
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それでも、やめた理由
中学受験は長期戦です。
特に、コツコツ型の子にとっては。
宿題を終えるのに時間がかかる。
理解するまで反復が必要。
そこに習い事を重ねれば、
睡眠時間が削られ、
親子の余裕がなくなり、
「できない自分」に目が向いてしまうかもしれない。
それだけは避けたかった。
受験は、成績だけの問題ではなく、
自己肯定感を守る戦いでもあると感じています。
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失ったものと、得たもの
習い事をやめたことで、
音楽の時間はなくなりました。
泳ぐ爽快感も、日常から消えました。
けれど、
家庭学習のリズムが整い、
時間の使い方を意識するようになり、
親子で話し合って決めたという納得感が生まれました。
すべてを手に入れることはできない。
だからこそ、選ぶ。
それが中学受験なのだと思います。
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最後に
部屋の片隅の小さなバイオリンを見るたび、
胸は少しだけ痛みます。
それでも、今はこう思います。
あの時間があったから、今がある。
習い事をやめる選択も、
続ける選択も、
どちらが正しいということはありません。
中学受験は、
誰かと同じ道を歩くことよりも、
自分たちが納得できる歩幅を見つけることのほうが大切なのかもしれません。
迷いながら選んだ道でも、
その過程こそが、きっと意味を持つのだと思います。
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