中学受験を本格的に意識し始めたのは、
大きな出来事があったから、というわけではありません。
むしろ、じわじわと広がる不安からでした。
私が住んでいる地域では、内申点の付け方にばらつきがあるとよく耳にします。
努力や実力が、必ずしもそのまま数字に反映されるわけではない、と。
もちろん、すべてがそうだとは思っていません。
けれど、「もしそうだったら」と考えたとき、心がざわつきました。
本来選べたはずの進路が、
評価の仕方ひとつで狭まってしまうかもしれない。
子どもが頑張った結果が、
別の要素で左右されてしまうかもしれない。
その可能性を思うと、何もせずにいることが怖くなりました。
中学受験という選択肢は、
最初から前向きな希望として浮かんだわけではありません。
どちらかといえば、
「備え」として考え始めたものでした。
けれど同時に、迷いもありました。
中学受験には、当然ながらお金がかかります。
塾代、教材費、模試代。
年単位で見れば、決して小さな金額ではありません。
家計に余裕があるわけでもないわが家にとって、
その決断は簡単ではありませんでした。
そして何より、子ども自身のこと。
まだまだ遊びたい盛りで、
ゲームも大好きな年頃です。
友達と笑っている姿を見ると、
この時間を削ってまで受験をさせる必要があるのだろうか、と何度も自問しました。
親の不安を押しつけているだけではないか。
まだ早いのではないか。
ついていけなかったらどうするのか。
迷いは、思っていた以上に大きなものでした。
それでもある日、
ゲームに夢中になっている姿を見ながら、ふと考えました。
このまま、流れに任せてしまっていいのだろうか。
もちろん、ゲームが悪いわけではありません。
楽しむ時間も必要ですし、息抜きも大切です。
けれど、何もしなければ時間はあっという間に過ぎていく。
将来、自分で選択肢を持てる力を、
少しでも身につけてほしい。
その思いが、ゆっくりと形になっていきました。
中学受験が正解かどうかは、今も分かりません。
けれど、地域の内申制度への不安。
将来の進路が評価によって左右されるかもしれない怖さ。
そして、ただ時間が過ぎるのを見ているだけではいたくないという気持ち。
それらが重なり、
塾を探してみよう、というところまで気持ちが動きました。
とはいえ、ここでも現実があります。
私の住んでいる地域は、進学塾が多いエリアではありません。
選択肢は限られています。
「どこが一番実績があるか」よりも先に考えたのは、
「通い続けられるかどうか」でした。
夜遅くなっても無理がない距離か。
自転車で通えるのか。
電車を使うのか。
車で送迎できる範囲なのか。
日々の暮らしの中で、現実的に続けられること。
どんなに評判が良くても、
生活が回らなくなってしまっては意味がありません。
だからこそ、
自宅から比較的近い駅、
あるいは車で送迎しやすいエリアの塾を中心に、いくつか検討しました。
資料を取り寄せ、説明会を調べ、
実際に通う時間帯を想像してみる。
成績実績も気になりました。
合格者数も気になりました。
けれど最終的に自分に問いかけたのは、
「わが家の暮らしに合うだろうか」
ということでした。
中学受験は、子どもだけの挑戦ではありません。
家族全体の時間の使い方が変わります。
だからこそ、焦って決めたくはありませんでした。
比べれば、もっと有名な塾もあります。
もっと遠くまで通えば、選択肢も広がるのかもしれません。
それでも、
今のわが家にとって無理のない選択をすること。
それが、このブログで大切にしている
「焦らず、比べず」という姿勢につながっている気がしています。
受験は、まだ始まったばかりです。
迷いは消えていませんし、
これからも揺れると思います。
けれど、何も考えずに時間が過ぎることだけは避けたかった。
その思いから始まった、中学受験の検討。
これは、挑戦というよりも、
わが家なりの「備え」の一歩だったのだと思います。
コメントを書く